1章:おばあちゃん子でしっかり者だった西村ユミの原点は、母との記憶の中にあった。

 

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『好きなコトを仕事にしながら、社会の第一線で魅力を開花してる人にインタビュー』

 

今回のゲストは、首都大学東京大学院看護科教授である「西村ユミ先生」です。

西村ユミ先生といえだゆうの出会いは、大阪大学コミュニケーション・デザインセンターの授業でした。

1章では、西村ユミ先生のこども時代を旅していきます。

西村ユミ先生は、どんな少女だったのでしょうか?
どんな価値観を大事にされていかれたのでしょうか?

いえだゆうの視点から、西村ユミ先生の魅力開花のコツを発見していきます!

さあ、いえだゆうと一緒に魅力的な人生の旅に出かけましょう(●^o^●)

1.とにかく手のかからない子どもだった私が、「一度だけ面倒をかけようと思ったの」

 

いえだゆう
子どもの頃の先生は、どんな感じだったんですか?

西村ユミ先生
とにかく、手のかからないおばあちゃん子でした。

保育園に行ったら保育園で遊び、お迎えが来たら帰るっていう優等生タイプ。

ほとんど記憶がないんだけど、これはすごく鮮明に記憶してる。

ただ、一度だけ、面倒をかけようと思ったの」「泣いてみようと思ったの。」

いえだゆう
いつ頃のことですか

西村ユミ先生
5歳か6歳の時かな?

保育園に行ったら遊んでいたから、それまでに泣くという経験がなくて。

どうやって泣いたらいいか分からないから、ぐずるっていう。

いえだゆう
それで、どうなったんですか?

西村ユミ先生
あまり覚えてない。

困らせても意味がなさげだと思ったのか、それ以降は困らせることもなく、ほとんど記憶がないの。

 

幼少の頃の思い出を語ってくれた西村ユミ先生。でも、子どもの頃のことは、ほとんど覚えていないようでした。

いえだゆうは、今、6歳の息子を保育園に送り迎えしており、自分の日常と先生の子ども時代がリンクしました。しかし、私の記憶の中には、息子がすぐに切り替えて行動してくれたことはあまりない(^_^;)

先生は、与えられた環境を受け入れ、その場その場を楽しむという能力を持っていたのでしょうね(^^

ただ、どんな環境にも柔軟に対応できる幼い西村ユミ先生の心も揺れる時がありました。そんな時には、ただ、親に甘えたい、困らせてみたいという衝動にかられたようです。

 

先生が語る「一度だけ、面倒をかけようと思ったの」という経験は、先生の中に残るお母さんとの思い出。

 

結局、お母さんの反応が薄かったのか、「困らせても意味がない」と思った西村ユミ先生は、「あえて泣いてみる」という行為は二度としなかったようです。

子どもの頃の思い出は、お母さんとの関わりで始まりました。

 

2.「ユミちゃんは何でもできる」先生の期待vs「うちの娘も子ども」母の思い

 

いえだゆう
人生に影響を及ぼしている子ども時代の思い出ってありますか?

西村ユミ先生
身長が大きかったんですよ。

小学校に入る頃って、だいたい、100cmくらいなんだけど、私は、120cmくらいあって。

常に、一番前か、一番後ろに立たされていて。

常に身体が大きいから、何やってもできちゃう。だから、先生たちが色々なことをやらせたくなっちゃって。

いえだゆう
たとえば、どんなことですか?

西村ユミ先生
自分の意思で「○○クラブ」に入ったっていう記憶よりも、まわりから勧められて入って、それを練習してみたいな。

いえだゆう
へー。忙しい小学生だったんですねー。反抗とかなかったんですか?

西村ユミ先生
保育園の時に抵抗してみたけど、意味がないって分かったから。

無理にそんなことはしなくていいやって思って。

人にすすめられて、一生懸命にやってみたら、色々なことができちゃった」っていうのが小学生時代。

 

小学生の時に、色々なクラブに勧誘されるってすごい素質をもっていたんですね。

「しっかり者で、身体能力が高くて、一生懸命に頑張る小学生」がいたら、みんな何かを期待してしまうのでしょうか?

いえだゆうは、勧誘された経験も何もない子どもでした(^_^;)

 

このゆび読者のみなさんは、どういう子ども時代でしたか?

 

その後、小学生時代の3者面談でのエピソードを語ってくれました。

西村ユミ先生
子どもの頃ってね、1年違うと全然違うじゃない?

いえだゆう
はい。

西村ユミ先生
私は、何かをやってみたら、できちゃうタイプで、クラブ活動も生徒会活動も薦められるがまま、取り組んでいたの。

すると、担任の先生から、「ゆみちゃんは、何でもできるから、○○ちゃんの面倒もよろしくね」って言われてて。

いえだゆう
へ~。小学生の頃から、人の面倒をみてたんですね~。

西村ユミ先生
みてたみたいね(^^ゞ 

これは、すごく覚えているんだけど、担任の先生が、母親に「ゆみちゃんには、クラスのお友達のサポートを色々してもらって」みたいなことを誉め言葉で言っていたんだよ。

いえだゆう
うんうん。

西村ユミ先生
そしたら、うちの母親が、「うちの娘も同じ子どもですから!」と先生に、ちょっと抵抗したのだけ記憶している。

 

「ほとんど記憶がない」と語る西村ユミ先生の中で残っている貴重なエピソード。

 

それは、担任の先生の言葉に対するお母さんの反応でした。

西村ユミ先生は、担任の先生にも、クラブの先生にも、周りのお友達にもいつも期待され、ゆみちゃんは何でもできるしっかり者」という存在でした。

しかし、「友達の面倒もみてくれて」という言葉を伝えられたお母さんは、ちょっと抵抗してしまいました。

お母さんには、違った世界が見えていたのではないでしょうか?

 

お母さんにとっては、しっかり者の西村ユミ先生も、周りの子どもたちと同じ子ども。嬉しい時や悲しい時、頑張れる時や頑張れない時もある。

だから、常に、大人の期待を精一杯に背負わされることには、抵抗があったのかもしれません。

少し、頑張りすぎるユミちゃんをお母さんは心配していたのかもしれませんね。

 

.自分の態度が変われば、周りの態度は変わる

 

いつも一生懸命で頑張り屋な西村ユミ先生。その後、どんな経験をされてきたのでしょうか?

西村ユミ先生
わたしは、人が思っているほど気が強くなくて。

リーダーの役割を任されることがあっても、「リーダーを主体的にやろう」っていう意志がなくて。

いえだゆう
そうだったんですか。

西村ユミ先生
「コワゴワしてたんだろうな」って思う。

だから、気の強い友達がいるじゃんね。そういう友達と一緒にいるのが嫌で、少し引いてた感じがあるんだよね。

いえだゆう
へー。

西村ユミ先生
でも、子どもってそういうメンタリティなのかなって。

周りのうわさが気になるとか。周りの友達にどう思われているとか。

今は、全然、思わないんだけど、結構、敏感な子どもだったんだと思う

 

その後、周りの空気を敏感に感じ取っていた西村ユミ先生の性格が、裏目に出てしまった事件が勃発。

 

西村ユミ先生
中学の時にね、あるクラスのお友達がいじめられていて。無視をされていて、ひとりぼっちになっちゃったの

いえだゆう
😢

西村ユミ先生
寂しそうだと思って、その女の子に、私が声をかけたの。

そうしたら、どうやら私が次のいじめの対象になったみたいで、ある時から、いじめを受けるようになったの。

いえだゆう
😢

西村ユミ先生
でもね、クラスではいじめられていたけど、クラブではキャプテン。

クラブには、クラスの友達もいたから、「クラブに行きたくなくて」、母にいじめられていることを話したの。

いえだゆう
はい。

西村ユミ先生
んじゃね、母親が、「じゃあ、学校変わる?」みたいな。

いえだゆう
え?

西村ユミ先生
そう。「学校変わるというのは、転校みたいな感じを言ってる?」みたいな。

いえだゆう
はい。

西村ユミ先生
そこから、変わったの(笑)

いえだゆう
どんな風に?

西村ユミ先生
いじめられて気を弱くしていると、「学校変わる?」と言われる。

転校まではしたくなかったので、私の態度が変わった」んだと思う。

正直、クラブのメンバーの中には、気の強い集団と強くない集団がいて、いじめられながらのキャプテンってすごくやりづらかったの。

でも、開き直った(^^

いえだゆう
キャプテンっていう立場で大変でしたね(>_<)

西村ユミ先生
大変だったけど、無事に乗り越えることができた。

その時くらいから、色々な大変なことがあっても、自分を信じて頑張っていれば、いずれ状況が変わり、周りの人たちの態度が変わる。

世の中の人は、私に対して関心を持っているというよりも、今、いじめているという事態に関心があるだけで、状況が変わると私に対する態度も変わる。

だから、今、周りにいる人たちの態度にこだわらなくてもいいっていうことを学んだのかな。

合わなければ、合う場所を見つけて変わってもいいんだと。

 

ひょんなことでいじめの対象になってしまった西村ユミ先生。

でも、その時の辛い思いをお母さんに話してみたら、西村ユミ先生が思っていた反応と異なる反応が返ってきた。

 問題に対して全く違った視点を持っていたお母さん。

そのお母さんとの話し合いが、「自分の態度を変えた」きっかけになっていたことを話してくれました。

 

4.まとめ

 

以上、西村ユミ先生の子ども時代を旅してきました。

西村ユミ先生は、しっかり者の頑張り屋さんで、手のかからないおばあちゃん子でした。 

でも、先生の記憶の中には、お母さんの反応や言葉がありました。

なぜなら、西村ユミ先生の心が揺さぶられた時、そばにいてくれたのは、お母さんだったからです。

 

そのお母さんとの会話が、西村ユミ先生自身の大事な価値観を形成していくきっかけになっていました。

 

子どもが何かにこだわっていたり、困っていたら、どのような言葉をかけてあげればいいのか、悩む時ってありますよね。どのように道を照らしてあげればいいか、分からなくなる時もありますよね。

今回は、『親目線での学び』がありました。

それは、子どもが何かに悩んでいる時、子どもと同じ枠組みの中で物事をとらえて、親が考える正解を押しつけない」ということでした。子どもは、子どもが考えられる世界の中で、一生懸命、自分なりに答えを探しています。

大人からみると、「間違えているよ」と思ってしまう考え方をしていたとしても(>_<)

 

いえだゆうは、最近、失敗したことがありました(>_<)

息子がお友達とけんかをしたようで、「○○くんが悪い」と言って、泣き出したんです。でも、二人の様子をみていた私からすると、お互い様だったんです(>_<)

だから、息子には、人のせいにするのではなく、「自分にも問題があったのではないか?」ということを考えてもらいたいと思って、「自分も悪かったんじゃないの?」と言いました。

すると、息子に、「ママは、○○くんが悪いのに、自分だけ怒った」と言って、泣いてしまい、それ以降の私の話を聞いてくれませんでした(>_<)

ここでの問題点は、いえだゆうが、「息子の考える機会を奪い、息子の心を閉ざしてしまった」点にあります。

息子自身も、「自分も悪かったかもしれない」ということが分かっていたのかもしれません。ただ、私に聞いてほしかっただけなのかもしれません。なのに、息子の話を聞く前に、「親が考える正解を伝えようと」してしまい、息子自身が自分の態度を振り返れる機会を奪ってしまったのです(>_<)

また、子どもが困っている世界の枠組みで解決策を提案するのではなくて、西村先生のお母さんのように、子どもに寄り添って話を聞いてあげる。そうすれば、子どもは自分で自分の答えを見つけ出すし、今、抱えている問題は、大きな問題ではないと気づいていたかもしれません。

息子に限らず、私自身も、人間関係に悩んでいる時って、目の前の小さなことにこだわってしまっていたり、人の嫌なところばかりが気になってしまっている時だったりするんですよね。

でも、そんな時こそ、より大きな世界で物事をとらえ直してみる。

すると、小さなこだわりや悩みは、ふっとんでいくかもしれませんね(^_^)

 

このゆび読者のみなさんは、いかがでしたか?

 

西村ユミ先生が語ってくれたエピソードの中で、どの言葉が一番印象に残っていますか?

今のあなたが大事にしている価値観は、子どもの頃のふとした親の反応や、自分の考えとは異なる意外な親の反応がきっかけになっているかもしれませんね。

もし、あなたが、何かに思い悩んでいる場合、今いる枠組みから、大きな枠組みに置き換えてみて、今の自分をとらえ直してみる作業をしてもいいかもしれませんね(^_^)

 

告知

2章は、「スポーツ少女だった西村ユミ先生と看護の接点」が明らかになります。

2章:西村ユミ、なりゆきで決めた看護の道。いつしか培われていた『ゆずれない看護観』
『好きなコトを仕事にしながら、社会の第一線で魅力開花してる人にインタビュー』企画!今回のゲストは、首都大学東京大学院看護科教授である「西村ユミ先生」です。2章ではスポーツ少女だった西村ユミ先生と看護の接点が明らかになります。どのように看護の道を歩んでこられたのでしょうか?Let’s 魅力的な人生の旅へ♪

さあ、どんなSTORYが展開されるのか、楽しみにしておいてくださいね~

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

いえだ ゆう

わんぱく男児の育児に奮闘しながら、「ナース・ブロガー・インタビュアー・個人起業」のパラレルキャリアを開拓中!2017年から、「ワクワク・ドキドキ。好きなコト♪」をテーマに活動する「このゆびブログ♪」を運営。様々な人との出会いや経験、言葉から得られた学びをブログに書いています。イラスト担当かげちゃんの絵とともに楽しんで頂ければ幸いです!