長年、看護師の多くが奨学金の返済に悩んできました。
しかし、今、その悩みに向き合い、新たなサービスによって解決しようとする起業家がいます。
村上さんは、東京大学を卒業後、金融機関・コンサルティング会社に勤務した後、それまで全く関わったことのなかった「看護師の奨学金問題」「病院の看護師不足」といった2つの課題に真正面から取り組むことを決意されました。
今回は、村上さんにビジネスを立ち上げたきっかけ、サービス内容、それがもたらす未来についてお話を伺いました。
ビジネスを立ち上げようと思ったきっかけは何ですか?
学生時代に、学費が払えなくて辛い思いをした経験から、「同じように辛い思いをしている人たちに、学費の面で支援がしたい」と思ったのが今のビジネスを立ち上げたきっかけです。
両親ともに自営業の家に生まれたので、小さい頃から将来は自分もビジネスをしたいと思っていました。
しかし、30歳になっても良いビジネスアイデアが思い付きませんでした。
そんなとき、幸運にもベンチャー業界の方にお会いして、ビジネスのアイデアの見つけ方について伺う機会がありました。
その方から教えていただいたのは、「ビジネスは、流行っているから・儲かりそうだからという軽い気持ちで続けていくことはできない。ビジネスをやっていたら、辛いこともたくさんある。その辛さを乗り越えていくためにも、自分の原体験に根差した強い思いを持てることをやりなさい。」ということでした。
その日から、生まれてから30歳に至るまでのライフチャートを作り、自分の人生を振り返り、ビジネスにつながる原体験を探し続けました。
そして辿り着いたのが大学4年生のときに学費が払えず、辛い思いをした経験でした。
長年、両親が経営してきたビジネスがうまくいかなくなり、学費・生活費の工面に追われていました。そのような自分の原体験をもとにして、学費を支援するサービスを立ち上げることを決意しました。
具体的なビジネスモデルは、どうやって作り上げたのですか?
学費に関するビジネスをやろうと思い立ってからは、海外の学費に関わるベンチャーについてひたすら調べ続けました。
そして辿り着いたのがISA(Income Share Agreement)。
一言で言うと、「学費の出世払い制度」です。
ISAは、アメリカ・イギリス・スペインなどでメディカルスクール・ロースクール・MBA・プログラミングスクールなどで徐々に普及し始めており、看護学生にも活用され始めています。
そして、海外のビジネスモデルをそのままの形で導入するのでなく、日本の商習慣・医療制度や社会課題に即した形でアレンジを加え、日本の「看護師の奨学金問題」・「病院の看護師不足」といった社会課題を解決できたら、社会性の高いビジネスになりうると考えました。
そして、看護師・看護教員・病院関係者・起業家の方々に20名以上インタビューをさせて頂きながら、ビジネスモデルを形にしていきました。
ISAの仕組み
看護師の世界では、学費が課題となっているのですね。
1年前までは、私も看護師の奨学金問題はおろか、医療業界や制度について全く知りませんでした。
しかし、色々な方に話を伺っていく中で、長年、奨学金の返済に悩んでいる看護師が多いことがわかってきました。
多職種に比べて、看護師は奨学金を使って大学に入学したり、資格を取る方が多いのですが、卒業後、「お礼奉公」という形で教育機関と提携している病院に勤務しなければならないという制度があります。
卒業後に一定期間、その病院に勤務すれば奨学金の返済を免除されることも多いのですが、家庭の事情・体調の問題などによって、どうしても勤務を続けることが難しいこともあります。
その場合、突如として、免除してもらうはずだった奨学金の返済が求められることになるため、奨学金を利用することや教育を受けることを諦める方も少なくないのです。
一方、病院側としては、看護師に仕事を続けてほしいけれども、様々な理由で退職する看護師が多く、看護師不足に悩んでいるのが現状です。
病院での勤務を続けることで奨学金を免除する制度は、看護師にとっては厳しい側面がある一方で、病院にとっては必要な人材を確保する手段でもあります。
そんな複雑な事情もあって、看護師の奨学金問題は有効な解決策を打てないまま長い年月が過ぎてしまいました。
ISAなら、その課題が解決できるのですか?
「ISA」も「奨学金」も、入学時・在学中に学費を払う必要がないという点は同じです。ただ、卒業後の返済方法が異なっています。
奨学金の返済は「定額」制なので、収入が低くても、全く収入がない状態になったとしても毎月同じ金額を支払わなくてはなりません。
しかし、ISAでは、月々の返済額が収入の一定割合(月収の10%などの「パーセンテージ」)になっていることに加えて、収入が途絶えた場合は返済を一時中断することもでき、また連帯保証人も不要です。
ライフプランに合わせた返済ができるため、奨学金と比べて生活の不安を感じることが少なく、安心して利用することができるのです。
奨学金とISAとの違い
EduCareのISAについて、海外のISAと異なる点はありますか?
海外のISAは、投資家から集めた資金を学生の学費として投資することが多いです。
一方で、EduCareのISAは、病院に資金を出してもらって、看護学生の学費を肩代わりします。
海外では、病院が学生の学費を肩代わりする文化がないこともあって、病院がISAの資金を提供する制度はありません。
しかし、日本には、病院が学費を肩代わりする代わりに「お礼奉公」してもらう文化があるので、この既に医療業界にある文化や慣習を活かせば、病院からISAの資金を提供してもらう「日本版ISA」とも言える制度が実現できるのです。
サービスの内容について、詳しく教えてください。
EduCareのサービスは、大きく分けると「ISA型病院奨学金」、「病院定着支援・奨学金救済事業」の2つになります。
「ISA型病院奨学金」は、これから看護教育を受ける人、とくに大学院進学(認定・専門看護師、NP(Nurse Practitioner))を検討している社会人看護師を対象に学費を支援します。
看護師としてのステップアップを目指す方を後押しするサービスで、『「進学したいが学費が心配」「病院から学費を受けると、5~10年奉公なのでためらいがある」といった学生に、安心して進学してもらえるようにしたい』と考えている大学に強い関心を持っていただいています。
一方、「病院定着支援・奨学金救済事業」は、既に奨学金を利用している社会人看護師を対象としています。
この制度を利用すれば、やむを得ない事情で「お礼奉公」の期間中に別の病院に行きたい・行かざるを得ないという場合に、行き先の病院でISAに基づき月収の10%程度の返済をしていただくことで、行き先の病院に奨学金を肩代わりしてもらうことができます。
看護師の負担を和らげるため、行き先の病院に長く勤務することでISAの返済割合を逓減する仕組みも用意しています。
一方で、病院は、一時的に看護師の奨学金を負担することになりますが、ISAの返済割合逓減というインセンティブにより、看護師に病院に長く勤務してもらうことが期待できます。
人材紹介会社への手数料(=看護師の年収の30~35%程度!)など、現状、人材採用にかかっているコストと比較して、ISAでの負担額は低いため、少ない予算で看護師を惹きつけ・来ていただくことができる点が病院側のメリットとなります。
その他にも、「人口当たりの看護師の人数が少ない地域」の病院に転職した際も同様に返済割合を逓減することで、看護師不足に悩む地域の医療を支える仕組みも検討しています。
私たちが目指しているのは、看護師、病院、看護学校、社会、全てのステークホルダーにとって幸せにつながる持続可能な仕組みであり、「四方よしの事業」です。
このような「社会性が高い」点をご評価いただき、今年の8月1日付で東京都が公募する「令和四年度 フィンテック企業等に対するイノベーション支援事業(事業化支援)」に設立一カ月未満で採択を頂いたのではないかと考えております。
よく誤解されるため、一つ強調したいのですが、このISAは決して既存の「病院奨学金」「お礼奉公」を破壊するものではありません。
将来的にその自治体や病院に勤めることが確かなのであれば、看護師本人はお金の負担が減りますので、むしろ既存の病院の奨学金を使ってほしいと思います。
一方で、全員が全員そういった方ではなく、将来のキャリアが見えない方もいらっしゃると思っており、そういったような人は「ISA型病院奨学金」を使って頂く、といった形で「お礼奉公」と「ISA」は共存し、住み分けができるものだと思っています。
また、既存の「お礼奉公」はたとえば高校3年や大学1年の入学時点で、4,5年も先の就職先を決めるわけですから、当然「就職のミスマッチ」が生まれる可能性が高まってしまい、それにより若年看護師が離職し、看護系の人材紹介会社に年収の30~35%を払う、という「負のループ」が生まれるという構造的な問題を孕んでいると考えています。病院の費用で最大の割合を占めるのは「看護師の人件費」ですので、昨今のコロナ禍も相まって、結果として全国の6割の病院が赤字という状況になっています。
看護師紹介料 病院が悲鳴: 日本経済新聞 (nikkei.com)
看護師だけでなく、そういった病院側の課題も解決するのがこのサービスだと、自治体の方や病院の方からはご評価頂いており、逆説的なことを言うようですが、「看護師にとっては就職先に縛られない仕組みでありながら、同時に、病院にとっては、看護師が長く定着する仕組みも内在している」といった、一見、二律背反することを、ISAやテクノロジーを通じて、実現しているとご評価を頂いています。
「ISA型病院奨学金」の活用例
「病院定着支援・奨学金救済事業」の活用例
日本では、ISAはどこまで広がっているのですか?
これまで、多くの病院関係者と話をさせて頂きましたが、ISAに強い関心や評価を頂いておりますが、ISA自体が新しい概念であることもあり、「前例がないため、難しい」というお声を頂くことも多いです。
海外では徐々に普及し始めているとはいえ、日本では全く知名度はないですし、医療という保守的な業界に、EduCareのような設立したばかりのスタートアップが提案しているわけですから、当然なのかもしれません。
ただし、逆に言うと、それは「1つでも前例があるならやりたい」ということでもあります。
だとすれば、1つでも2つでも成功例を作ることで、「キャズム理論」ではないですが普及する可能性を秘めていると捉えることもできます。
実際に、有難くも、この取り組みに賛同していただける病院も出てきていますので、ご期待に沿える結果が残せるよう、また日本の社会課題を解決できるよう、精一杯、取り組ませていただき、新しい未来を切り開く第一歩にしたいと考えています。
今後のビジョンについて教えてください。
「病院の看護師不足」や「看護師の奨学金問題」は、看護の世界に生きる方々が何度も取り組んできたものの解決できず見過ごされている難しい課題だと思います。
しかし、全く別の世界で生きてきた自分だからこそ、凝り固まった先入観を持たずに、出来ることがあると信じています。
日本の医療現場を支える看護師の不足は、社会全体に関わる大きな問題でもあるので、私がこれまで培ってきたノウハウを総動員して、真正面に向き合って解決に向けて取り組んでいきたいと思います。
私はこの事業は、以下のような海外・日本・医療業界のマクロトレンドに合致した事業だと捉えていますので、必ず普及するもの、いや普及すべきものと考えています。
- 学費及び教育ローン高騰による、アメリカやイギリス、スペイン、等での「ISA」の普及
- 岸田内閣が、「骨太の方針2022」において、「ヒトへの投資」、日本版出世払い奨学金制度「J-HECS」を重点施策として提唱
- 日本における教育費の高騰、有利子の奨学金使用割合・親子破綻の増加
- 「医師の働き方改革」や「看護師へのタスクシフティング」に伴う、看護師の大学院進学ニーズの高まり
それから、今は課題が山積みの看護業界からアプローチしていますが、そこで培ったノウハウは他の業界でも活用できるはずです。
様々な世界で「教育を、より手軽に」を実現し、学費が理由で辛い思いをする方を1人でも多く助けていきたいですね。
看護学生・現役看護師(特に、これからNPやCNSの
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