2章:池田光穂の人生観を変えた海外ボランティアの経験。人の幸・不幸は個人のとらえ方で決まる。

 

みなさん、こんにちは。いえだ ゆうです!

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『好きなコトを仕事にしながら、社会の第一線で魅力を開花してる人にインタビュー』

 

今回のゲストは、大阪大学COデザインセンター教授・副センター長の「池田光穂教授」です。

 

序章では、池田光穂教授ご自身が書かれた素敵すぎる子ども向けの自己紹介文を紹介しました。

序章:大阪大学COデザインセンター「池田光穂教授」のSTORYを書く前に、素敵すぎる子ども向け自己紹介文をご紹介!
このゆびの人気企画!『好きなコトを仕事にしながら、社会の第一線で魅力開花してる人にインタビュー』 今回のゲストは大阪大学COデザインセンター教授・同副センター長の「池田光穂教授」です。序章では、池田光穂教授が書かれた「大人向け自己紹介文」と「子ども向け自己紹介文」をご紹介したいと思います!

1章では、「池田光穂教授の子ども時代~研究テーマを発見するまで」を旅してきました。

1章:池田光穂の原点。自分の思いと異なる研究に出会って気づいた。俺は、人間のコトを知りたいんだ!
このゆびの人気企画!『好きなコトを仕事にしながら、社会の第一線で魅力開花してる人にインタビュー』 今回のゲストは大阪大学COデザインセンター教授・同副センター長の「池田光穂教授」です。1章では、池田光穂教授の子ども時代から研究テーマを発見するまでの時代を旅していきます♪ 異なる研究スタイルに出会って発見があったようです!

 

2章では、「人間のコトを知りたい」と思った池田光穂教授は、広い世界を知りたくなり、海外ボランティアに出かけて行きます!

そこで、どんな世界を見て、どんなことを感じてこられたのでしょうか?

 

さあ、いえだゆうと一緒に、魅力的な人生の旅に出かけましょう(^_^)

1. 中央アメリカのど田舎での自然な暮らし。

 

「人間のコトを知りたい!」という思いに至った池田光穂教授は、様々な研究室を見学し、医療人類学を研究されている中川米造教授の研究室に入ることになりました。

そして、「色々な人に出会い、もっと広い世界を見たい!」と思われた池田光穂教授は、青年海外協力隊に応募し、海外ボランティアの道に進んでいかれました。

 

いえだゆう
海外ボランティアでは、どんな生活をされていたのですか?

池田先生
中央アメリカ首都に1年間と、ど田舎に2年間、看護助手さんのサポートをしながら、公衆衛生の研究に携わっていました。

いえだゆう
ど田舎ってどんな感じだったんですか?

池田先生
30歳ぐらいの頃にいたんですが、広大な自然があるだけで何もない。

通信手段とかもないから、電話もないの。

だから、町の人々が家族に連絡したいことがあれば、モールス信号を使って、電報を打っているような感じ。

危篤状態の家族に連絡する時などに使われていました。


いえだゆう
日本では考えられないような世界にいたんですね。

池田先生
病院もないから、二〇種類くらいの薬を看護助手さんが医者の代わりに処方していたの。

そのお手伝いなどもしていました。


いえだゆう
色々な世界があるんですね。

 

 

日本から離れて住んだ世界は、連絡手段の何もない中央アメリカ。

 

言語も異なり、日本と全く異なる世界での暮らしは、大変だったように感じましたが、池田光穂教授はどんな生活を送られていたのでしょうか?

 

 

2. 世界は広い、人はさまざま。多様性に触れた時代。

 

いえだゆう
海外ボランティアでは、どんな生活をされていたのですか?

池田先生
これまで見てきた世界とは全く異なっていたから、目から鱗の連続。

周りにはなにもない大自然に囲まれながら、言語も異なる人々との共同生活。

ゲリラ攻撃にあったこともあったね。


いえだゆう
え~??? 

現地の生活に溶け込むのに苦労しましたか?


池田先生
なるべく日本人に会わないようにしていました。

「せっかく違う国に来たので、現地の人々との関わりを重視したい」と思っていたから。

最初は、家庭教師をつけて言語を学び、その後は、現地の人と会話しながら、言語の習得に励みました。

その結果、全く異なる言語や文化の人々との関わりを通して、「人間は多様だな~」という思いに至りました。

やっぱり、人生観変わったよね。

 

日本での研究生活から飛び出し、全く異なる文化の異なる言語の世界に足を踏み入れた池田光穂教授。

 

そこで、待っていたのは、広大な自然と多様な人々。

 

そして、言語も生活習慣も異なる人々と過ごす生活が、これまでの池田光穂教授の人生観を変えていきました。

 

 

3. 人の幸・不幸は個人のとらえ方で決まる

 

 

では、どんな変化があったのでしょうか?

 

いえだゆう
一番印象に残っていることはなんですか?

池田先生
人の幸・不幸は分からないということ。

何もない田舎で暮らし、不便な生活は、一見、不幸に見えるかも知れない。

でも、見た目でははかれない幸せがありました。


いえだゆう
うんうん。

池田先生
お金があって裕福そうに見える人生でも、実は不幸せな人もいる。

幸せは、見た目でははかれない。

その人が、自分の人生をどのように捉えているのか、個人のとらえ方で決まる。

そういう気づきが一番大きかったかな。

 

 

世の中の多様な人々に出会って気づいたこと。

 

それは、「幸せとは、他人が判断できるものではなく、その人個人が幸せを感じているかどうかが大事だ」ということ。

 

一般的な評価基準を当てはめて、幸・不幸を判断するのではなく、「自分の中で幸せと感じられていたらそれでいい」という発見があったことを教えてくれました(^_^)

 

 

4.まとめ

 

日本と異なる広い世界に旅立った池田光穂教授。

そこで出会った世界は、文明の進んでいない大自然に囲まれた言語も文化も異なる世界。

 

でも、そこには、一生懸命に生きている人々がいました。

 

そこでできる仕事を一生懸命に果たしている人々がいました。

 

決して、見た目には裕福ではない人々。

でも、幸せと感じて暮らしている人々!

 

その生活を通して池田光穂教授が感じたコトは、「幸せとは、人が判断できるものではない!」ということ。

 

あなたが、自分の人生に幸せを感じられていたら、それで良いんです(^_^)

多様な人々に触れて、池田光穂教授の幸せの基準が変わりました。

 

あなたは、いかがですか?

周りの目を気にして、「今の自分ではダメだ。こんな自分は不幸せだ」と思ってしまっていませんか?

この世の中に生まれてきて、これまで生きてきただけでスゴイと思いませんか?

色々な苦労を乗り越えて、ここまで成長してきたんです(^_^)

 

ぜひぜひ!「今の自分は幸せ!」と思えたらいいですよね。

そして、「苦しいコトやしんどいことがあっても、自分が幸せと感じていればいいんだ」と思える人が増えれば、ハッピーな人が増えそうですよね(╹◡╹)

 

次章の告知!

 

人間のことを知りたくて文化人類学を学んでこられた池田光穂教授。

文化人類学を研究することで、どんな学びがあったのでしょうか?

 

池田光穂教授の学びを語ってくれています!

楽しみにしておいてくださいね~♪

 

☆3章はコチラ↓↓↓

3章:池田光穂が文化人類学から学んできたこと。相反する思いが共存するのが人間の真理。
このゆびの人気企画!『好きなコトを仕事にしながら、社会の第一線で魅力開花してる人にインタビュー』 今回のゲストは大阪大学COデザインセンター教授・同副センター長の「池田光穂教授」です。3章では、池田光穂教授が文化人類学の勉強を通して学んだことを伝えてくれています!さあ、楽しい勉強の世界に飛びだそう♪

 

ABOUTこの記事をかいた人

いえだ ゆう

わんぱく男児の育児に奮闘しながら、「ナース・ブロガー・インタビュアー・個人起業」のパラレルキャリアを開拓中!2017年から、「ワクワク・ドキドキ。好きなコト♪」をテーマに活動する「このゆびブログ♪」を運営。様々な人との出会いや経験、言葉から得られた学びをブログに書いています。イラスト担当かげちゃんの絵とともに楽しんで頂ければ幸いです!